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尾瀬の音

尾瀬沼を右に巻いて歩き始めると平らな湿原が広がり、蛙の声が右から左から前からも耳に飛び込んできた。鳥と違って蛙の声はどれも同じなのか自然のエコーとなり、姿の見えない蛙たちの声がシンフォニーを奏でるがごとく尾瀬の空気をコンサートホールのように震わせた。耳に心地よいそのエコーを聴きながら足を進めるとやがて地が乾き、木々が深くなっていき、こんどは鳥たちが個を主張するかのように独自の声を空に響かせていた。ウグイス、カッコー、名も知らない鳥の鳴き声、遠くにカラスが一羽控えめに現れて一声泣いたが、寡黙なカラスは以降黙ってしまった。仲間はいないのだろうか。木々の間を抜け、また浅瀬に出ると蛙の今度はミニコンサートが始まる。少し楽しませてもらってまた登りの山道に入ると鳥が啼き、朝の風が木々を揺らす。やがて尾瀬ヶ原尾瀬沼の水を吸い込ませる沢音も混じってきた。尾瀬ヶ原に近づくと右手の方に支沢が現れまたそよそよと水音をたてて沢に向かい下っていく。同行者と会話も少なく風と鳥と水たちの音に耳を傾けた朝の歩みも山小屋が現れ、休息と食事への思いの立ち上がりの中、いつの間にか終わっていた。木道がまっすぐに至仏の山容へ向かっていた。振り返ると燧岳が薄雲の下に我々を見守っている。